犬に噛まれるというアクシデントは、日常生活の中で突如として発生します。それが飼い犬であっても、あるいは散歩中に出会った他人の犬であっても、噛まれた直後の迅速な判断が生死やその後の回復を大きく左右します。多くの人が「これくらいの傷なら大丈夫だろう」と自己判断で済ませてしまいがちですが、医学的な視点から言えば、犬による噛み傷、いわゆる咬創は、見た目以上に深刻なリスクを孕んでいます。犬の口腔内には多種多様な細菌が存在しており、その中にはパスツレラ属やカプノサイトファーガ属といった、人間に感染すると重篤な症状を引き起こす病原体が含まれています。噛まれた傷が小さくても、犬の牙は鋭く、皮膚の深い場所まで細菌を送り込む「注射器」のような役割を果たします。そのため、表面がすぐに塞がってしまったとしても、内部で細菌が増殖し、蜂窩織炎や敗血症へと進行する恐れがあるのです。病院へ行くべき目安は、出血の有無に関わらず、皮膚に牙が到達した形跡がある場合すべてです。特に、糖尿病や肝疾患などの持病がある方、免疫力が低下している高齢者や子供は、感染症が急速に悪化しやすいため、1分でも早い受診が求められます。また、狂犬病の懸念も無視できません。日本国内では1957年以降、狂犬病の発生は報告されていませんが、法律上、他人の犬に噛まれた場合は保健所への届け出と、その犬が狂犬病の予防接種を受けているかの確認が義務付けられています。病院を受診する際は、外科や整形外科、形成外科が適していますが、夜間や休日であれば救急外来を利用すべきです。診察では、まず傷口を大量の生理食塩水で洗浄する処置が行われます。これは傷の奥深くに入り込んだ菌を物理的に洗い流すためであり、家庭での手洗いだけでは不十分なケースが多々あります。その後、必要に応じて抗生剤の点眼や内服、破傷風ワクチンの接種などが検討されます。安易な自己処置、特に市販の絆創膏で密閉することは、酸素を嫌う嫌気性菌にとって絶好の増殖環境を作ってしまうため、絶対に避けてください。病院での適切な処置を受けることは、単に傷を治すだけでなく、将来的な機能障害や目立つ傷跡を残さないための賢明な投資となります。犬を愛する人であればこそ、不測の事態には冷静に、そして医学的なエビデンスに基づいた行動を取ることが、自分自身とペットとの生活を守ることに繋がります。
犬に噛まれた時に病院へ行くべき理由と受診の目安