「犬に噛まれたくらいで救急外来に来るのは大袈裟ではないか」と躊躇する患者さんが時折いますが、私たち救急医からすれば、その躊躇こそが最も恐ろしいリスクです。病院の救急現場には、軽い傷だと思って3日ほど放置し、患部がパンパンに腫れ上がって高熱が出てから担ぎ込まれる方が後を絶ちません。そうなると、本来は通院で治ったはずの怪我が、緊急手術や2週間の入院治療を必要とする重症案件へと様変わりしてしまいます。救急病院での私たちの最大の使命は、細菌の増殖を水際で食い止めることです。診察室でまず私たちが行うのは、徹底した「洗い出し」です。患者さんにとっては「もう十分洗った」という傷でも、私たちは専用の滅菌水を使って、痛みを伴うほどに何度も、何度も洗浄します。なぜなら、犬の牙という細い穴から入り込んだ菌は、表面の洗浄では1パーセントも落ちないからです。私たちの本音を言えば、噛まれた直後に病院へ来て、痛い思いをしながらも大量の水で洗わせてくれる患者さんが、最も回復が早く、予後も良好です。また、傷口を「縫ってほしい」と希望されることがありますが、咬傷の初期段階では、あえて縫わずに開けておくのが医学的な定石です。菌を閉じ込めてしまうと、内部で膿瘍を形成し、最悪の場合は指を切り落とさなければならない事態になりかねないからです。患者さんには「傷跡が残るのでは」と心配されますが、まずは命と機能を守るための処置を優先させてください。さらに、私たちは患者さんの全身状態にも目を光らせます。カプノサイトファーガなどの菌は、脾臓を摘出している方や重度のアルコール依存症の方、高齢者においては、急速な多臓器不全を引き起こすことがあります。病院に来てもらえれば、血液検査でこうしたリスクを事前に把握し、予防的な点滴を行うことができます。救急外来は24時間開いています。夜中の2時であっても、早朝であっても、犬に噛まれたという事実は私たちにとって十分な救急受診の理由になります。「忙しそうだから」と遠慮せず、自分の体の中に菌が入り込んだという認識を持って、一刻も早く診察を受けに来てください。その決断が、私たちの治療を最も助け、あなたの回復を最も確実なものにするのです。
救急病院の医師が語る犬に噛まれた患者への初期対応と本音